昔、大阪は永年に渡って日本全土への情報の発信地でありました。
また諸々の物資調達役を担ってもきました。
そうした業績のうちでも特に「食」に力を入れてきた ことは今一度大きく評価されるべきではないかと思います。
  かつて明治期に村井玄斎が食育を提唱しました。
その提唱の理念とは、正しい食事こそ人間すべての源を作り 、良き精神を育てるというところにありました。
しかし飽食の時代となって食の大阪 にあってさえも本来の食の在り方、その本道を忘れてしまったように思われます。

 だからこそ今、「食」の在り方を見直すべき時と考えたのです。
昔から「天下の財宝浪速に在り」とか「天下の台所なにわ」と言われたのは、難波、 また浪速が、異称「魚庭(ナニワ)=大阪湾」「また菜庭(ナニワ)=河内平野」とも 謂われた上に、内外からの海の玄関をもつ大阪が物資と共に食材の宝庫であったからです。

  良質で豊かな食材に恵まれた浪速の民は、なるべくして食に執着し「食い倒れ」というよう な言葉まで生まれたわけです。
けれど、今の大阪はどうでしょうか。
 昔のように「ほんまもん」を作り、「ほんまもん」を認める土地なのか。
ここは原点に立ち戻って浪速の「ほんまもん」、食の本当の在り方にこだわってみたいと思うわけです。

  幸いなことに大阪には先人の宝とも言うべき大阪に縁(ゆかり)のある野菜 や魚をはじめ様々な食材や食文化が残されています。
これらを今一度大阪の地に活か すためには、ほんまもんの食材とほんまもんを作る生産者を守っていくべきと考えます。


 何卒、浪速魚菜の会へのご協力とご指導鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。